終末期りはびりドリッパー

自分らしく生きるため、生きてもらうための知識や経験をドリップ。

子供の誕生と親としての責任

久しぶりの投稿です。

 

先日、第一子が誕生しました。

帝王切開となりましたが、立会いができるので妻のそばで子供が生まれる瞬間を一緒に見ることができました。

 

それでも実感はあるようでないような不思議な感覚。

 

帝王切開後の妻の痛みに耐える姿に、何もできずただ寄り添うだけでしたが、こうやってそばに寄り添える時間を作ることができる職場に感謝しきれません。

 

そして妻には本当に感謝です。

 

退院後、3時間おきの授乳に1日目はぼくもフォローができましたが、2日目には撃沈。

 

記憶にはありませんが、どうやらオムツ交換を1回はしたらしいです。

 

女性は本能的に起きる能力ができるのだとか。

 

全く起きられない自分にただただ落ち込みました。

 

自分に何ができるのか考えてみたところ、

「日中に妻が休める時間を作る」

ということが1つの方法と気づきました。

 

今日は昼寝したかったですが、なんとか耐えて、ずーっと抱っこして過ごしました。

 

子供の寝る姿、たまに出てくるふとした笑顔…

たまりませんね!

 

妻の笑顔もたくさん出るように親として一歩一歩進みたいと思います。

何にもできない人間だと思う必要はなさそう。

ネガティブな性格を直すための自己啓発本がたくさん書店には並んでいますが、いくら読んでも

 

「自分以上にネガティブじゃないから上手くいったんだろ?」

 

と頭の中でつぶやいてしまうUtaです。

 

「人と比べるな」と言われてもやはり比べたくもなるし、

 

「悲観的になる必要はない」と言われてもいや悲しいよ、と卑屈に考えるタチなのですが、

 

どうやらそんな僕にも転機がありました。

 

高校の時に習得した情報処理能力(Excelの作成)がリハビリの現場でとても貴重だったということです。

 

高校の時に学んでおいたこの能力がまさかこんなに活かされるとは驚きました。

 

結果的に他者からも喜ばれたので、また違う場面でも仕事の効率化のために自分ができることはないだろうかと模索しています。

 

今のこの状況、とてもネガティブな思考にはなっていません。

 

 

自分の能力で他者が喜んでくれるという体験がマイナスな思考を和らげてくれているようです。

 

そうは言っても「なんもできないよ」と思うかもしれません。

 

ですが、自分の普段の生活は他人と全く同じでしょうか?

 

違うはずです。

 

大勢の人からしたら必要がないと思うものでも、もしかしたら自分の能力に喜んでくれる人もいるのではないでしょうか。

 

浮き沈みのある僕ですが、自分の長所を知って今以上のことができないかという思考でいっぱいです。

 

参考になれば幸いです。

 

 

Uta

何にもできない人間だと思う必要はなさそう。

ネガティブな性格を直すための自己啓発本がたくさん書店には並んでいますが、いくら読んでも

 

「自分以上にネガティブじゃないから上手くいったんだろ?」

 

と頭の中でつぶやいてしまうUtaです。

 

「人と比べるな」と言われてもやはり比べたくもなるし、

 

「悲観的になる必要はない」と言われてもいや悲しいよ、と卑屈に考えるタチなのですが、

 

どうやらそんな僕にも転機がありました。

 

高校の時に習得した情報処理能力(Excelの作成)がリハビリの現場でとても貴重だったということです。

 

高校の時に学んでおいたこの能力がまさかこんなに活かされるとは驚きました。

 

結果的に他者からも喜ばれたので、また違う場面でも仕事の効率化のために自分ができることはないだろうかと模索しています。

 

今のこの状況、とてもネガティブな思考にはなっていません。

 

 

自分の能力で他者が喜んでくれるという体験がマイナスな思考を和らげてくれているようです。

 

そうは言っても「なんもできないよ」と思うかもしれません。

 

ですが、自分の普段の生活は他人と全く同じでしょうか?

 

違うはずです。

 

大勢の人からしたら必要がないと思うものでも、もしかしたら自分の能力に喜んでくれる人もいるのではないでしょうか。

 

浮き沈みのある僕ですが、自分の長所を知って今以上のことができないかという思考でいっぱいです。

 

参考になれば幸いです。

 

 

Uta

周りを変えたければまず自分が変わろう

患者さんを担当するという本来の業務から離れて約1ヶ月が経過しようとしています。

 

ときに患者さんとのリハビリをする機会があったのですが、久しぶりに関わると新鮮で嬉しい気持ちと、今までの感覚とは違うものをひしひしと感じます。

 

まずは素直にリハビリができるという嬉しさ。

 

貴重になった分、今まで以上に何ができるのかを考えられるようになった気がします。

 

今までもっとできたのではないかという反省も生まれますが、目の前の患者さんに対してのことを考えるといろんなことができるなぁと視界がひらけたような感覚があります。

 

一方で会話やリハビリの内容自体は変わっていないつもりでも、どこか心配な気持ちになります。

 

臨床から少し離れただけでも感覚が鈍っているのではないかという気持ちです。

 

 そんな気持ちで臨床と管理業務を兼ねていると、

「スタッフの中で熱量の低い人をどう高めていくのか」

という気持ちが自然と出てきたりします。

 

ここでいう熱量はモチベーションということです。

 

さすがに熱量を同じにするというわけにはいきませんし、

自分の熱量を下げたくもありません。

 

ただ悶々と変化のない環境にはしたくないなという気持ちがありました。

 

周りを変えるためにはどうすべきか。

 

今回、スタッフに勝手に

 

「毎週水曜日に勝手に勉強するので、よかったらいつでもきてね」

 

とメールを配信しました。

 

理由は上記の通り、臨床を行う機会が減り、心配になったから。ということもお伝えしました。

 

そして昨日、初の試み。

 

一人で自主学習のようなものなので、なんの期待もせず取り組もうとしたら5人も参加者がいました。これにはびっくり。

 

1時間程度テーマに沿って勉強を行い、みんなの満足度も高い。

 

普段臨床的な内容を話せないスタッフともやりとりができて有意義な時間を過ごすことができました。

 

 

ただ単に

「勉強をしなさい」

と怒る親よりも、

 

勉強をしている親の姿を見て、

子供は勉強をするのではないでしょうか。

 

何か現状の環境を変えたいと思うのであれば、

自分は何ができるのか、

継続してできる何かに取り組むことが変わりやすいのかもしれません。

 

 

Uta

「すみません」と連発する自信なさげな後輩への対応。

新人時代、腕組みしている上司を目の前に朝会をすることに怯えていました。

 

今じゃ普通に朝会を過ごしているのですが、やはりその時の気持ちは忘れてはいけないなと感じます。

 

あの時代からだいぶ経った今も変わらない光景は残っていますが、僕の部門は風通りが良くなってきました。

 

上に立つ人がどう周りを見ているか、

どう感じ取るかが重要といえそうです。

 

毎日怒鳴り散らしていたら相談しにくいでしょうし、

ヘラヘラしてるだけも頼り甲斐がなく感じてしまいます。

 

困っているときにそっと手を差し出せるようなそんな準備が整っている上司ではいたいと思います。

 

前置きが長くなりました。

 

後輩で、かつ自信がない人は

「すみません」

と多く使う傾向にあるのではないかと感じることが多くあります。

 

一種の口癖のように何かするたびにその言葉を発するのですが、

 

悪いことしていなくても言ってる…。

 

こんな人に対してどのような関わりが必要なのでしょうか。

 

よく「できてるよ」という声かけをする場面がありましたが、その言葉がけはあまり大きな効果を与えないと感じています。

本人が「できていない」と感じるからです。

そして何よりぼく自身がそう言われると余計にできていないのでは?と感じる言葉だからです。

 

特に何か文献を読んだわけではありませんが、

 

正と負のフィードバックをうまく使うこと。

 

頼ってしまうこと。

 

が相手の自信をつける方法の1つなのではないかと考えます。

 

できているところだけでなく、もっといい方法もあるということを伝えることで、自分のレベルがどこなのかを明確にする、

 

何か強みを見つけ、それを単純に伝えるのではなく役割として担ってもらう。

 

こちら側のフィードバックだけでなく、第三者のフィードバックが自信につながるのではないか、

 

という考えです。

 

フィードバックに関しては、負が先、正が後のような順序もあるかもしれませんが、結局のところ、その人の思考に合わせて…なところがあるのかなと感じます。

 

何か良い伝え方、体験談などある方は教えていただけると嬉しいです✨

 

 

Uta

教育に喜びと悲しみを感じる

新人が入職しました。

 

若手が多い職場だからこそ教育体制の見直しを!と提案してマニュアルや流れ、システムを改めて2019年を指導したわけですが、完成に至るまでかなりの時間と労力を使いました。

 

そしてそれを使いながら今、教育を行っているわけです。

 

やや荒削りなところもある分、来年度に向けたアップデートもしなければならないと思っていますが、明るく聞いてくれる新人さんたちを見て、嬉しい気持ちがある反面、今年に入って臨床を行う機会が激減したことに寂しさを感じます。

 

なにより臨床の疲労感とは違う疲労感が僕を襲います。

 

「何かを伝える」ということにはそれ相当のエネルギーも放出しているのでしょうか。

 

1対1の臨床と違い、複数名を相手に伝えることに疲れを感じるのでしょうか。

 

 

相手のために何かをするということに幸せを感じるタイプですが、どうも伝える側に立つとそのエネルギーの大きさに投げ出したくなるくらいの疲労感が伴います。

 

そして臨床をしていない焦りと周りとを比べる劣等感が孤独を生み出していたりします。

 

喜びと悲しみが入り混ざる中間管理職。

試行錯誤しながらチーム全体を、僕自身を成長させていきたいと感じます。

 

Uta

今日は祖父の命日 今でも涙が出る

喉頭癌だった祖父。

放射線と抗がん剤治療で寛解にはなってた。

放射線で喉頭蓋が焼けたようで、物を飲み込むと誤嚥の可能性が高くなり、胃ろうも増設した。

 

「口から食べられることはない」

そう医師から告げられて、旅行先でも食べられず、胃ろう。

泣いてる姿も見た。

でも奇跡的に喉頭蓋が形成されて再び口から食べられるようになった。

 

 

祖父と一緒に近くの体育館に行った時のこと。

ぼくはランニング、祖父はウォーキングをしていたけども、家に帰ってから明らかに疲れ方が違っていた。

 

それ以前にDIYをしている最中に指を切って血がなかなか止まらないと言っていた時があった。

 

白血病だった。

 

再びの抗がん剤で髪の毛は抜けていたし、

祖母との言い争いになり、ぼくが何度も仲裁したり、

遺書をぼくに託し、遺影の撮影もぼくがしていた。

 

亡くなる1週間前には脳梗塞を発症。

若干の麻痺が出ていた。

 

「首が痛い」

としきりに言っていた痛みが亡くなる前日には

「もうダメだ」

という発言に変わり、鎮静に。

 

あっという間に亡くなった。

 

亡くなる姿を間近で見て、

手を握って、

声をかけられたのがとにかく良かった。

 

一方でたくさんやれたことがあるのではないかと8年経った今でも思う。

 

ただ病室にいてスマホをいじって過ごしていたこともあった。

 

祖父と一緒に寝ているだけのこともあった。

 

その場に一緒にいることだけでもいいのかもしれない。

 

一緒に過ごせたということと

まだたくさんできたよねっていうこと

 

ずっと考えることにはなると思う。

 

 

今日は妻の検診日。

お腹の子供、見せてあげたかったな。

 

 

Uta

後輩の笑顔が親のように嬉しく感じる

先月で中間管理職1年目が終わりました。

この1年あっという間でした。

 

中間管理職となって何か成果をあげたかと言われても、自信をもっていえることはありません。

 

少し雰囲気は良くなったかなと思いますが、課題はたくさん残ります。

もちろんすぐに解決できるようなものではないですよね。

 

今までだったら自分のことだけを考えて行動していたのが、今年度は「周りが動きやすくなるにはどうしたらいいか」だけを考えて過ごしていたような気がします。

 

自己犠牲が大きくなり嫌になる日もありました。

 

ですが、先日後輩たちと研修に行ったときのこと。

研修でワクワクしている様子を見たり、

県外で楽しんでいる様子を見たり、

出張先が担当している患者の以前働いている勤務地で、その患者の人となりを聞かせてもらったり…

 

なんだか父親のような気持ちで嬉しく感じていました。

 

来週から新年度です。

新人も入りますし、中途スタッフも入ります。

様々な問題も残っています。

 

でも少しずつ一歩一歩歩いていきたいと思います。

 

 

Uta

東京で花粉をもらう田舎者

お久しぶりの投稿です。

 

先週の土曜は東京で研修でした。

がんリハを学ぶ研修。

 

がんリハについてはまた別の機会に…ということで。

東京に行ってもらったことは知識だけではありませんでした。

 

そう、花粉症です。

 

東京に着いたその日のうちに鼻水が増え始め、次の日の朝には喉の痛みに…。

 

くしゃみと鼻水をし続けたまま研修を受けました笑

 

田舎育ちのぼくですが、都会に行って始めて花粉症になりました。

 

いや都会の花粉は威力が強いのか?笑

 

今週は鼻声で話をする気持ちにもなりませんが、割と頑張れています。

 

健康のための口テープも苦しいのでやんわり留めで対応中です。

 

東京に行く際には花粉症に注意されてください笑

作業療法士になるための実習を振り返る

SNSを見ていると学生の頃からすでに意識が高い人がこんなにもいるのか…と思い知らされる。

 

当時のぼくはそこそこの学力で実習に向かった1人だった。

 

評価実習。

期間は3週間。

 

2回行ってきた。

1回目は徒手療法のがちがちなところ。

 

そこそこの学力だったので、動作分析が甘いと言われ、各ADLの動作練習を言われるがままに行った。

 

患者さんは脳梗塞と既往にパーキンソン病を持った方。

当時は、

「どちらのリハビリをすればいいの?」

と聞けない質問を抱きながら動作分析とレポート作成を続けた。

 

フィードバックは文章に線引きがられたところを口頭での説明を受けるのみ。補助的に違う指導者からフォローをいただいていたが、大混乱。

 

その病院から見える夜景はとても綺麗で、涙がより一層輝きを素晴らしいものにしていた。

 

帰りの運転では視界が滲み、

「雨かな?」

 

ワイパーを動かす。

 

…涙だった。笑

 

そんな3週間を過ごしたが、

指導者と患者で密かに作っていた手紙を渡された時は実習中1番泣いた。

 

あの頃は長かった3週間…

 

今では3週間ってあっという間。

 

「もっといろんなことができたな…」

 

働いている今、本当にそう思う。

だから働いている今も学ぶ姿勢は忘れずにいたい。

 

 

Uta

「めんどうだからやる」を読まずに考える

「面倒だから、しよう」

 

この書籍知っていますか?

面倒だから、しよう (幻冬舎文庫)

 

ぼくの頭のなかに強烈に残っているこのフレーズ。

 

そんな場面では自然と

「めんどうだからしよう」

って気持ちでやり始めることがあります。

 

でもぼく、実は読んだことがありません。笑

 

読まずにただ、

「めんどうだからやる」

ことに関して考えます。

 

 

まず、めんどうなこと。

これって習慣化されていないものであると思っています。

 

普段食器洗いをしていない人が頼まれたりしてしなければいけなくなる状況だと

 

「めんどくさい」

 

ってなりますよね。

 

でも

「面倒だから、しよう」

 

っていうのは、「後々」めんどうになるからしておいた方がいいよ?

 

っていう感じです。

 

食器洗いをしないと、

「後々」皿がたまり続けて今よりめんどうになる

 

 

シンクの掃除をしないと、

「後々」カビが大発生して今の状況よりもめんどうになる

 

そう考えると、

今めんどうでもやっておいた方がいいなぁ

と感じることができるようになりました。

 

仕事においても、

ここは今の自分に関係ないかもしれないが、少し経てば絶対に関わるところだから行動しておこう

 

これを後輩に伝えておいた方が今後のためにもよいだろう

 

とか、

「面倒だから、やる」ことは

後悔しないための先手必勝方法のことではないか

と思います。

 

後々めんどうにならないために、今やり続けるとどうなるでしょう。

 

習慣化されて苦にならないはず。

 

 

なので少し苦痛ですが、めんどうなことは少しでもやっておくと後々楽になりますね!ってところがぼくのタイトルだけの解釈でした。笑

 

 

Uta

新しいことを始めるには多少の我慢が必要

来年度に向けた準備を行っています、Utaです。

 

これまでなんとなくで進められていたところに着手し、大きく刷新することができました。

 

新しく追加することもあり、今日はプレゼンを踏まえて主要メンバーに報告しました。

 

感想としては、

 

「かなり批判的」

 

という感じでした。

 

新しいことなのでやらなければフィットするかどうかわかりません。

 

ですが、様々なことから新しいことを加えようとした経緯や今現在のままでいるデメリットもお伝えしての提案です。

 

ただ批判すればいいのではないと感じました。

 

新しいことを行うにはすごく大きな勇気が必要です。

 

そのための準備にもかなりの時間を費やします。

 

試行錯誤練って、今後より良い体制の構築のために作り上げたと思っていても、たったちょっとの言葉で不快な気分にされます。

 

でも一呼吸おきます。

 

自分が目指すものは何か。

 

自分がしたいことはなにか。

 

それを行うことでどんなメリットがあるか。

 

一旦整理すると少しだけ強くなれそうです。

 

 

ややお疲れ気味なぼくですが、

 

今日こそ疲労回復に向けて早く寝ようと思います笑

 

 

今日も1日がんばりましょう✨

 

 

Uta

目標があってもムダが多ければ達成しない。

先週は壮絶な1週間を過ごしました、Utaです。

 

仕事が終わっても残業し、

 

家帰ってもパソコンとにらめっこ。

 

ブログどころではありませんでした。笑

 

実は今週もそんな1週間を過ごす予定です。

 

ここ数週間追い込んで、いざ!と気合を入れた会議。

 

上にはそもそも経営意識がないことが明るみになり(芯のないブレブレな考え方)、会議も生産的ではない(ただの報告)…。

 

なんのために時間をかけているのかを考えさせられた時間でした。

 

形式上の会議をするのならそもそもムダですし、患者を診ていた方が患者のためにも経営的にもいいはずです。

 

今の業務になんとムダが多いものか…

 

でもぼく自身の生活に持ち帰ってみると、ムダはたくさん存在します。

 

息抜き…という名のアプリやゲーム

 

息抜き…という名のビールとその後のほろ酔い

 

息抜きを理由にして時間を費やすというムダが存在しています。

 

常々思えるようになったのは、

 

経営者にムダと言う前に、まず自分のムダを振り返ってみよう。

 

そのムダが本当にムダか、それともムダでも本当に息抜きをするために必要か考えよう。

 

その時間の使い方で目標に近づけるか考えよう。

 

その仕分け作業を終えたらできた時間でより良い生き方をしよう。

 

忙しくてもそう思えました。

そしてその繰り返しが忙しさを減らせるのかもしれません。

 

様々な目標をクリアするために。

 

自分の中のムダと仕事上のムダを削る作業を頑張ります。

 

Uta

プロフィール画像を描いていただいた

昨日の会議については後日に…笑

 

昨日は会議でヘトヘトになっていたところでツイッターで繋がった@nb_ymst さんから似顔絵をいただいた。

 

あぁ嬉しい。

 

こうやって描いてもらう経験はなかったので本当に嬉しかったです。

 

絵で人を幸せにするっていいですね。

 

ぼくは何を使って人を幸せにできるんだろう。

 

たまに際立ったもののないぼくに嫌気を感じることすらあります。

 

でも今の課題にまっすぐ取り組めている自分に、少し誇りを感じることもできます。

 

でも犠牲ばかりになっていたら自分の人生、きっと楽しくないはず。

 

自問自答し続けながらも嬉しい気持ちで今日も前に進みます。

 

Uta

リハビリを管理したいなら現場を見るべし。

リハビリ中間管理職を1年間行い、下半期では慣れてきたので分析やら再編やら行ってきました。

 

まだまだ課題の多い職場ですが、これを解決に向かう過程も含めてやりがいを感じているところに、中間管理職に向いているのではないかと少し思えるところがあります。

 

ですが、職場をどうしていくか必死に考えている時に経営側の上司、より上位の管理者はとてつもないことを言います。

 

それも分析なしにきれいな数字だけを出して。

 

そもそも「管理」とはなんでしょうか

管理(かんり)とは - コトバンク

と、あまり望んでた言葉は載っていなかったですが、やはり現場の事情を知っているから管理ができるのではないかと思います。

 

収益重視で考えるのか、

思想重視で考えるのか、

 

どちらでも構いませんが(後者自体は賛成しませんが)、そのための行動内容が不明確だとまるっきりだめだと思います。

 

収益重視なのに、無駄な会議を入れてみたり、余計な人員を使ったり。

 

それに気づかない経営側なので言わなければ改善しません。

変わることは考えていませんが、今日はとことん必要な会議をしてまいります。

 

 

少しいらだっているUta